コンタクト

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自己紹介文

大分昔からウインドをやってるおやじです。
ほとんど村櫛で毎週風が吹いたら出没してます。
吹けばジャンプするのが好きでピョンピョン跳ねまくっています。
いつも吹いてくれるといいんですが・・・。

ケガ
1985年頃 女鹿浦海水浴場で右足足の裏を貝の殻で深くえぐる

1990年頃  村櫛海水浴場で浅瀬にフルプレーニングで突っ込み右肩3腱のうち1本切れ掛かり、この時ぶつかった衝撃でマスト折れる

1996年頃  村櫛海水浴場でジャンプ後ブローで再度持ち上げられ水面に叩きつけられ左足骨折(入院1月半)

2001年4/22 村櫛海水浴場、ラストでビーチに戻る時、下らせた瞬間飛ばされ左肩の靭帯か筋を痛める

ウインドとの出会い

ウインドとの出会いはそんなにイメージのいいものではなかった。
その当時、浜名湖で釣りに凝っていて入出から女鹿浦の沖を通ってカキ棚に行く途中、目の前でウインドサーフィンがジャボンと沈、それを避けながら前進、とにかく邪魔なだけの存在だった。
その後会社で若い奴と「ウインドサーフイン面白そうじゃないか。一緒にやって見ないか?」と話をして3年、なかなか腰が上がらない。
仕方なく1人でスクールのことを聞きにてのまめのホームゲレンデ大崎に行き、目の当たりにスクール風景を見た。
なかなかおもしろそう。
早速本屋に行ってウインドサーフインスキルなる本を購入し爆読。3回読み直し自分の中でイメージを定着させ、いざスクールへ。
リグの説明、陸上訓練、そしてライフジャケットを着けて海上訓練にGO!。
セールアップからシバーリング、そして5ステップ。すんなり行きすぎてなんかあっけない感じ。取りあえずウインドとの出会いは順風満帆、結構簡単ジャン!てな具合で始まった。
この後永いスランプのどん底に!

サカナのウインド物語  

自分は小さい時から体が小さくすごく劣等感があった。
背が小さく、身体はがりがりであばら骨が見えていて、腹を引っ込めるとウエストが無くなるくらい細かった。でも、人一倍身体を動かすことは好きだったような気がする。
小さい頃からの劣等感で高校に入ってから、少しでも筋肉をつけたくてアルバイトしてブルーワカーを買った。でも、1人でいくらやっても結局長続きしなかった。
小学校6年の時には徒手機械体操、中学校では体操部、姉貴の影響(でも、1年の前半だけ)、高校に入ってバスケット、これは兄貴の影響(だけど、これも半年)。
いつも高校の授業が終わると、1人で下校し家でギターを弾いていた。
引っ込み事案で気が小さく、自分を主張する事なんか全然出来ないおとなしい少年だった。

社会人になって会社の同期会でいろいろ遊びまわった。金も無く、ただ友達といると楽しいそんな時期だった。エレキバンドに誘われて約2年くらい会社や地域のイベントに出た時期だった。組合の青婦部では夏に盆踊りの太鼓を叩いた。こんな事をやって来たせいかいつのまにか意外と目立ちたがりやになって来たようだ。二十歳から少林寺拳法を5年はまって、これで結構身体に筋肉が着いたようだ。
24歳で結婚、翌年長男が生まれた。この頃に釣りをしだしたのかな。ウインドサーフィンとの出会いは、浜名湖に黒鯛を追いかけて先輩について歩いていると、入出から女が浦の前を通過する時、若者(だと思う)が目の前でウインドサーフィンに乗ってジャボンと沈。邪魔な奴だな、と思いながら2~3年が過ぎた。会社で若い奴と「ウインドサーフィンおもしろそうだな。一緒にやってみないか。」てな話をしながら誘っても口では合わせても、なかなか行動に移さない。仕方がないので、1人でてのまめのゲレンデの大崎に行き、スクールの話を聞いてきた。気持ち良さそうにセールに風を受けて水面を滑っていた。やる気になって早速本屋に行ってウインドサーフィンスキルなる本を一冊購入。スクールに行くまでに3回読み返しイメージをしかり自分の中に固め、いざスクールへ。さすがにスキル本で勉強した結果か一通りの地上訓練をした後海上訓練で一発でセールアップ、5ステップ。スーと動いた。感激の初滑り今でもあの感動は忘れられない。
何だかんだ言ってもウインドサーフィンへののめり込みが始まった。当時30歳。妻1人、子供2人。
家を新築したばかりで家計は火の車、こんな厳しい状態の中でサーファー艇を購入。さー大変。

サーファー艇を購入したのが秋口で、そろそろ水温も下がり始めた浜名湖大崎。サーファー艇一式を車に積んでいざ出発、と意気揚揚出かけたが、現地でリグセット、気持ちよくセーリングだー。と、ところが、セールアップが出来ない、な、なぜ?スクールの時はすぐに出来たのに。浜名湖の秋口は西の風がコンスタントに入り始める季節。習い始めたのが夏。しかも使用したセールがサイズ4.0m2のスクール用。サーファー艇にコンプリートされたのが5.4m2。夏の風のない時の4.0m2と西風がコンスタントに入り始めた秋口のコンデションデでの5.4m2ではぜんぜん太刀打ちできましぇーん、でセールアップに四苦八苦。ひと月位セールと格闘してようやくシバー態勢からセーリング態勢に。すごくうれしかった。このまま出来なかったらどうしようといゆう不安があったので、出来たときは快感が頭の中で爆発したような気分でもう最高な感じだった。

最初は基本スキルのタック、ジャイブ、セールアップをしっかりと身につけることに専念。
セールアップは毎回必死にアップホールラインを引き続けた結果、お決まりの腰痛。やめよかな!なんて考えたこともあったようなないような。とにかく苦しかった。ようやくセールアップも楽に出来るようになって次はタック、セールを引き込み続けると自分の居場所がなくなる。その都度沈。いつもおなかは満水状態、ゲップ!少しずつボード上での重心移動が分かってきて沈する回数も少なくなって来た。そして次の段階に、ジャイブトライ、これはいろいろと種類があるみたい。一番簡単なロープジャイブ、意外と簡単なスイングジャイブ、次にマストジャイブ、その先はブームツウブーム、ダッグジャイブとジャイブスピードと同時に高度なテクニックも必要になってくる。サーファー艇は安定性があるので意外と意識的に下にくだらせることが、風が強くなると前に飛ばされる恐怖心から難しくなる。
微風であれば前の足をジョイントの横に置き、前足でボードを押し出すようにしセールを引き込みながらマストをボードの前方向に押し出すような感じにする事でベアさせランニング状態になったらアップホールラインを持ってマストを廻しシバー状態まで持って行く。
今思えば前述したように簡単に分るけど、当時は飛ばされないようにブームにしがみ付き、結果ベアからランニングに入れず沈。浜名湖の冬、特に奥浜名湖は水温が下がると春先まで冷えたままでとにかく寒い。それに加え、当時金がなかったので初めの冬はウエットで越冬した。手足がしびれ身体は冷え切りからだの動きも鈍くなり、そんな状態でセールアップしてスタート、落ちたら冷たいし寒いしで身体がガチガチに固まり、結局沈、振るえながらビーチに上がり焚き火にあたって身体を温め、同じように練習している人がウィスキーを少し分けてくれてからだの中から暖めた。

年が明け3月4月と少しずつ温かくなると、さすがに去年より格段に進歩したセーリングをしていた。
7月後半に梅雨も明け夏の熱い太陽が降り注いでいる中、土曜休出で外ばかり気にしていて仕事が手につかない。ま、風のある日はいつものことだけど。12時のサイレンと共に会社を飛び出し大崎へ。

この頃が純粋にウインドサーフィンを楽しめた時期かもしれない。なぜかと言うと風が有っても無くても、ボードの上に乗っていれば楽しかった。ある程度慣れてくると、風が弱いのガスティだの愚痴が出てくる。今考えると、その時々の状況や環境でその時に合わせた楽しいウインドサーフィンが出来れば最高だと思う。だから風が無いと、ウインドの雑誌を見てサーファーでセール360やボード360などのフリースタイルのテクニックを練習していた。

季節も秋口になり徐々に西風が安定し出すと、夏場の弱い風ならなんとかセーリング出来たが、西よりの強めの風ではスタートも出来ない。若い子らが同じようなセールサイズでカッ飛んでるのに、何で俺には出来ない?悩みながらその子達をよく観察してるとある事が違っていることに気がついた。それは彼らのボードは細く、足を引っ掛けるストラップが着いている。

ここから次へのステップアップが始まったのかも?まずはサーファーのジェット、マジック、マリブ、タリファ、エキップとオールラウンドボードを乗り継ぎ、その隙間をショートボードで埋めて行く。ホワイトノイズ240、プロト260、ワープ280、ハイテック非対称ボード、コーンクウェスト(訳の分らないボード)、シートレンド282/268、B/H ワークス290 アップウインド、B/H ワークス275 スラローム、JPオーストラリア フリースタイル255とレベルアップと共にボードを換えて来た。

ストラップが付いていれば直ぐにでもプレーニングできるものと勘違いしていた自分はとてもお馬鹿さんだったようだ。なかなかストラップに足が入らない。サーファー乗りになると全然ストラップの位置に届かない。でもいつのまにかマスターしていたようだ。いつ出来たか記憶に無いくらいに自然に出来ていったのかも。その代わり、毎週休みになるとてのまめのゲレンデに行っていた。この為いつも女房と口ケンカしていたような気がする。いつも口ではかなわない相手だった。

年を重ねるにつれててのまめ(大崎)ゲレンデから女鹿浦へ。この頃、知り合いが猪鼻湖でマジックのオールラウンドボードを拾ってきた。それを譲り受けて見てみるとダガーボードボックス部分にクラックが走っていた。これを樹脂で固めなおして使用していた。
年末年始の休みには内山海岸で誰1人いない朝早くから練習していた。
その後、友達からマリブを譲ってもらいスラロームキラーとしてスラロームが走り出す前の風域を堪能していた。(自分がそう思っていただけかも)
冬時の西風が吹き始めるとロングボードが乗りずらくなる。でもウインドはしたい。秋口からのウインド雑誌にはロビーナッシュなどのプロのグラビアがかっこよく乗っている。ここで凄い思いこみで「ファンボード(ショートボード)に乗ったらこんなにかっこよく乗れるんだ」なんて考えてた。
浜松駅前にあったタキサーフショップでホワイトノイズ240をたしか8万でゲット。今考えてみると相当高い買い物だったようだ。
でもこのホワイトノイズに乗り出してはじめは全然乗れなかったけど馴れてくるにつれてドカンと吹き始めるとジャンプが面白い。
今考えてみると初めにこのボードに乗れたことが今の自分につながっていることを実感する。このホワイトノイズは1m走れば即ジャンプできる。
当時では純粋なウエイブボードだった。でも1番ジャンプをしたのがプロト260だったかも。意識的にジャンプしてピークからノーズを風下に向けるような、ジャンプしながら空中でボードをコントロールしようとしていた。今ではただジャンプするだけになって来たが、いずれはフォワードループをと考えているが実現できるか分らない。
30歳から初めて20年近く飽きもせず続けている。これからも体の動く限り続けていくんだろうと思っている。
ちなみにハンドルネームのサカナは名前からと、トレードマークのトビウオは、ジャンプが好きなサカナだからって事から安直に決めた。
これからも状況に合わせた楽しみ方をして行きたいと思っている。
サカナ    

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